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EP1‐2 砂漠の聴取者-Listener- 後編

 

 

 顔にかかる眩しい光。

 目を開けると朝日があたしの顔を照らしていた。

 どうやら眠っていたらしい。

 そう思うや否や。あたしの上にどさっと馬乗りになる人物が一人。それは間違いなくメルだった。

 起き抜けのあたしはそれに抵抗する気力などない。

「おは、よう……さん」

 真剣な顔であたしを見つめるメル。

 なんとも気まずい雰囲気である。

 メルの顔が怒ってますよと言わんばかりだ。

 知らないうちに寝ちゃっていたけど……何かやっちゃったのかなぁ?

「シノちゃん」

「はひ?」

 低い声であたしの名前を呟くメル。

 これは完全に怒らせてしまったらしい。

「シノちゃん。ウチの名前を言ってみてね」

「メルの?」

 と、『メル』という愛称を口にするも、メルはまだじっとあたしの目を見て離さない。本名で言わないとダメなのかな?

「メルセレス」

 今度はちゃんと名前で呼んだ。

 それでもまだメルはあたしを見つめている。

 だったらフルネームだ。

「メルセレス=シュトラーセ」

「…………」

 それでもまだじっとあたしを見つめている。

「――メルセレス様?」

「……様はいらないね」

 沈黙に耐えられなかったあたしは思わず様付けをしてしまった。

 だってあのメルが凄い顔であたしを見つめるんだもん。

 ロメリアもそうだけど、メルは笑った顔がすごく自然なんだ。

 そんなメルが怒ってるなんて、気にならないはずがない。

 ――ホントにあたし……メルに何かしちゃったのかなぁ?

 メルはやや怪訝そうな顔をした後、ハァ〜と深くため息をついた。

「昨日のこと、覚えてないのね?」

「メルと会った時のこと?」

「その後ね!」

 うーん。やっぱりメルの気に触ることでもしたようだ。

 ただそれが何なのか、あたしに自覚がない。それがいけないんだと思う。

 自覚がない、というか……邪竜ベータルタとの戦いから記憶がうやむやになっている。

 水御華から水を出したことはなんとなく覚えているんだけど……どうやったんだろう?

「えーと、ひょっとしてメルが一人でベータルタをなんとかしてくれたの? あたしは役立たずだったとか?」

 ムッとした顔をするメル。どうやら違ったらしい。なんだか言えば言うほど失敗してしまう感じだ。

「ホントに覚えていないのね……?」

「ごめん。どうして寝ていたのかも分からないんだ。もしあたしがメルに何かしていたなら謝るよ。メル、あたしはキミに何をしてしまったの?」

「それは、ね……」

 メルは口をつぐんでしまった。

 それも悲しそうな辛そうな顔で、だ。相当ひどいことをしてしまったようだ。罪悪感に胸が痛くなる。

「ごめん、メル! あ、あれれ?」

 メルを乗せたまま体を起こそうとしたら後頭部に痛みが走る。

 いきなりのことで驚いたあたしはそのままメルに抱きついてしまった。

「シノ、ちゃん……」

 あたしはそのままメルを抱き締めた。

 こうして抱き締めてみるとやはりまだ子どもなんだと分かる。

 そんな子に、そんな顔をさせたくない。そう思ってしまう。

「ごめんね。ホントに覚えていないんだ。あたしがメルにひどいことをしたのなら、ちゃんと謝るからさ」

「うん……」

「だから、言ってくれていいんだよ?」

「……ううん。大丈夫ね」

 今度はメルの方からあたしを抱き締めてくれた。

 その細い腕にギュッと力を込めて……。

「一人で怖かっただけね。シノちゃんが元に戻ってくれてよかったね」

「それって、あたしがいつの間にかやられてたってこと?」

 後頭部にベータルタのなんらかの攻撃が当たって、メルを残して気絶していたってことなのかな?

 それにしてはこの痛み。ルルの尻尾でどつかれた時の痛みに似ているよーな?

「うん。そうね。だから目覚めてくれて良かったのね」

「そっか。心配かけちゃったね」

「うん。……あ。シノちゃんのちょんぼ、無くなってるね」

「ちょんぼ?」

 メルの視線があたしの頭の上に向けられる。

 普段頭の後ろで結んでいる髪のことを指しているのだろう。

 頭の上に手をやると、確かにあたしのトレードマークが無くなっていた。

「おかしいな。ベータルタの炎の息吹(フレイム・ブレス)を斬る時に紐が焦げたのかな?」

「それは覚えているのね?!」

「あれ? でも他には思い出せないや」

 ふと思い出してみたものの、自分でやった気がまったくしない。ホントにあたしがやったことなんだろうか。

 炎を斬ろうだなんて、まるでイナさんのような思考だ。

 あたしはポケットから予備の紐を取り出すといつものように頭の後ろで髪を結んだ。

「短いのに何で結ぶね?」

「それはごもっとも。これはね、一種の願掛けなんだよ。あたしが尊敬している人のようになれますようにって」

 なんて願掛けしてもうどれだけ時間が経っただろう。

 あたしはまだ、そう成れないでいる。

 イナさんのようになりたいんだ、あたしは……。

「その人はどんな人ね?」

「とっても強い人だよ。剣も心も。あたしもそうなれたらいいなってよく思うんだけどね。なかなか上手くいかないんだ」

 現実は厳しい。この結んでいる髪にしてもそう。本当はもっと長かったのに戦いの最中に後ろからの攻撃を受けるため誤って自分で斬ってしまったんだ。

 イナさんならきっと斬らないだろう。

 今でもあんなに長く綺麗な髪をなびかせて戦っているんだから。あの長い髪を維持していることもその強さを表している。

「シノちゃんならきっとなれるね」

「先は長いと思うよ。イナさんだってあの――――ああっ! すっかり忘れてた!」

 あたしは膝の上にメルが乗っていることも忘れて立ち上がった。

 後ろへごろんと転がるメル。そのまま一回転すると再びその場に座り、あたしを見上げた。

「どうかしたのね?」

「イナさんが穴に落ちてそれっきりだったんだよ!」

「……イナさん、ね?」

 あたしは急いであの大穴を探した。

 夜だったのと、村の中を動き回っていたせいで正確な位置が分からない。

 朝日に照らされた村は夜の時のような不気味さは無く、改めて村の全容を知った気分だった。

 これでオアシスさえあればと思うくらい、村の建物はとても立派なものばかりだった。

 しかし、肝心のイナさんが落ちた穴が見つからない。

「何を探してるね?」

「穴だよ。地面に大きな穴が空いているはずなんだ。メルと会った所の近くだと思うんだけど……」

「ああ。それならこっちだと思うね」

 メルに案内されるとすぐに大穴のところまで辿り着いた。

 穴はやはり大きく、中はとてつもなく深い。

 これはとても下から登れるもんじゃないぞ。

 穴の中は思ったよりも砂で埋もれていなかった。爆発の時に吹き飛んだせいかもしれない。代わりに瓦礫が散乱している。

 太陽の光に照らされてわかった。

 この穴には二つの横穴がある。上から見るとそれが直線状に位置しているため、元は繋がっていたものだと分かる。

 地下道のようなものが地面の下を通っていたのだろう。

 横穴は人工的に岩や土で固められていて、あたしが立って歩けるくらいの広さしかなさそうだった。

 イナさんはこの横穴のどちらかを通っていったんだ。

 きっともみくちゃにされては分が悪いと、充分に戦える場所まで移動したんだと思う。

 だからあの時『西じゃ!』と言ってイナさんが進む方角を教えてくれたんだ。

 あれからどれだけ時間が経ったのだろう。イナさんが心配だ。

「ここは地下道ね。夜に襲ってきた暗殺ギルドの連中が拠点から拠点へ移動するのに使っていたものだと思うね」

「なるほど。あたしは地下道の上で戦っていたんだね」

 敵の爆弾で地下道の天井を吹き飛ばしちゃったから脆くなって穴があいたんだな。

「こういう村は拠点にし易いってじーちゃんが言ってたね!」

「へぇ〜。メルのおじいさんって物知りだね」

「うん! じーちゃんは反組織ギルドの、『アンリミテッド』の長だからね!」

 メルの口から唐突にそんな言葉がこぼれる。

 あたしは驚愕を隠せなかった。

「ええっ?! アンリミテッドって十五年前の戦争でインフィニットに滅ぼされたっていうあの組織のこと?」

 インフィニットとアンリミテッドの戦争なら子どもでも知っている。それくらい有名な組織同士の大きな戦争だ。

「それはインフィニットが自分たちの力を広めるために作った偽りの情報ね。確かに十五年前に戦争をしてアンリミテッドはインフィニットに負けたけど……ウチらはまだ戦っているのね。憎きインフィニットとね!」

 インフィニットと敵対する組織は幾つもある。

 けれど、アンリミテッドは当時その中で最大級の規模を誇っていた。

 そのアンリミテッドが負けた事実がインフィニットの力を示し、多くの反組織の解体へ繋がったと聞いたことがある。

 アンリミテッドがまだ生きているなんて。しかもメルのおじいさんがその長をやっているなんて思いもしなかった。

 おっと! それよりも今はイナさんと合流することが先決だ。

「それでメル。これはどこに繋がっているのか分かる? ひょっとして暗殺ギルドの本拠地まで繋がってるとか?」

「それはないね。長すぎる地下道は危険ね。空気も薄くなるし砂漠の気まぐれで砂が集って重さで天井を崩すこともあるね。これはたぶん、身を隠しやすい岩場か何かのそばだと思うね。近くにオアイスもないしね。もしくは……」

「もしくは?」

「次に暗殺する人物のいる村か、その付近ね」

 なるほど。こういうのを使うから昨晩のようなコンビを組むようなやつらが群れてやって来られるわけだ。

 暗殺ギルドの人間が群れで砂漠をぞろぞろ歩いちゃ目立って仕方ないから。あらかじめ用意されたこういうルートを利用しているんだな。

「さっそく入ってみるね?」

「えっ。ちょ、ちょっと怖いかも……」

「大丈夫ね。必ずどこかには通じているはずね」

「あたしが言ってるのは飛び降りる勇気のことだよ」

 ここから穴の底までそこそこ距離がある。

 イナさんはうまく着地できたみたいだけど、下手に落ちればケガをしかねない高さだ。

「瓦礫のないところへ足から着地したら大丈夫ね。獣はどんな高いところから飛び降りても大丈夫だからね」

「あたしは獣じゃないし、獣にも限度ってもんが――」

 ぐらり。

 メルはあたしの腕を引っ張ると躊躇無く穴の中へ飛び込んだ。

 当然、腕を掴まれたあたしも穴の中へ……。

「うっきゃあああああ!」

「ひゃっふ〜!」

 どしん! としっかり着地するあたしとメル。

 メルは余裕そうな顔をしているけど、これはかなり足の裏がジンジンくる。

「イタタ。もう、無茶するなぁ」

 しかし降りてみなければイナさんの足取りもつかめないんだ。やっぱりこうするしかないか。

 地下道は上から見たよりも少し広い。が、やはり刀を振るうには充分な幅ではなかった。

 イナさんの身の丈ほどもある大剣、鬼神斬巌刀じゃあ特にそうだと思う。

「あれ? 地下なのに明るいや」

 地下道の中の床と壁の一部が青白い光を放っている。

 淡い光だけど、足元や壁を確認するには充分な光だ。

「たぶん太陽石を使っているみたいね」

「太陽石?」

「そうね。長い年月を使って光を内側に取り込んだ石のことね。こうやって太陽石を並べることで出入り口から入ってくる光を吸収しながら互いに光を放ちつつ、また吸収し合うね」

「じゃあ穴の付近は朝日を吸収したんだね。地下道の奥よりも明るく光って見えるよ」

 太陽石に触ってみるも、手触りはごく普通の石だった。

 それにしても砂漠の地下にこんな道があるなんて。砂漠の中を泳ぐ岩竜ガンマルマもビックリだ。

 地下道への横穴は二つ。

 右か左か、どっちへ行くべきかな?

「イナさんは西だって叫んでたっけ。ということは……?」

 穴の中心で左右の横穴を交互に見比べる。

 メルはそのうちの一つを指差した。

「西はこっちね。でも道が完全にまっすぐとは限らないね」

「分かれ道があったらどうしよう。それこそ進んでみなきゃ分からないことだけど」

「分かれ道はまず無いから平気ね」

 不安なあたしをよそに歩き出すメル。ホントに慣れてるなぁ。

 あたしは敵とバッタリ会ったりしないか不安だ。とても水御華を振れる広さじゃないから。

 イナさんは大剣を超える大剣と小脇にロメリアを抱えていたんだ。地の利がないと感じ、進むことを選んだに違いない。

 この地下道に敵が一人も倒れていないことがその証だ。

「イナさん大丈夫かなぁ」

「その人、シノちゃんの言っていた剣も心も強い人ね?」

「うん。そうだよ」

「剣が強かったなら何で戦わないね? 勝ってあの穴の下で助けを待てばいいね。逃げることないね」

 ベゼルの時もそうだったけどメルは絶対に勝つことが前提になっているなぁ。

 でもその前向きさが今は羨ましい。

 あたしにはその自信が欠けているってイナさんにも言われているから。

「メルは体術があるから戦えるけど、ここじゃ剣は振れないよ」

「どうしてね? 天井も壁も腕を振るには支障がないね」

 ブンブンと腕を振りながら話すメル。とことん体術思考だ。

 ここで戦うことになったら地の利はメルが一番あるということも気づいていないのだろうなぁ。

 メルはただ勝つことを純粋に思い描いている。

 根底から地の利なんて考えず、いつも通り戦えばメルはここで優勢なんだ。

 余計なことを考え過ぎるのも、あたしの悪い癖なのかもしれないなぁ。

 あたしはメルに分かりやすく説明するために手を天井へかざした。

「剣は腕の先にあるでしょ。手は天井に触れなくても剣は触れてしまう。壁も同じだね。だからここで剣ができることは突きくらいなものなんだけど……イナさんは自分と同じくらいの大きさの剣と、小脇に女の子を抱えてたんだよ。そんな状態じゃ戦えないよね」

「ふぅん〜、なるほどね」

 剣を振るうどころか。この横穴の中では剣を前後に持ち返ることもできないはずだ。

 進むと決めた以上、剣は穴の前に向けられているはず。

 そうなると追ってくる敵を攻撃することはほぼ不可能に近い。ロメリアも抱えていることだし。

 そういえばロメリアを抱えたままであたしを背負って戦おうとしていたっけ。

 無茶なことをしているかもしれないけど、イナさんならきっと大丈夫だって信じられる。

「その人凄いね。きっと筋肉モリモリね」

「うーん。確かに筋肉はあると思うけど……」

 なにやら誤解してそうだけどイナさんに会いさえすれば分かることか。

 とにかく、今は前に進むのみだ。

「シノちゃん気をつけるね。ここ、つるつる滑るね」

「え、そう? うひゃあ! す、滑った……」

「あははは。だから言ったね〜」

 

 あたしたちはずんずんと地下道を歩いていく。

 今の所、敵とは遭遇していない。

 やはり昨晩の暗殺ギルドは襲ってきたメンバーがあれで総勢だったようだ。

 先に進むほど床に敷き詰められた太陽石の輝きが弱くなっていく。

 しかし、それも更に進むにつれて輝きが増し始めた。

 出口は近いということかもしれない。

 こんな所をよく夜中に使ったものだと思ってしまう。

「やっぱり、他に敵は出てこなかったね」

 メルもあたしと同じことを考えていたようだ。

 地下道へ降りてからまったく敵に遭遇していない。

 先に通ったイナさんがここでは一人の敵も倒していないことにも繋がる。

 あのイナさんがそうしなかったんだ。逃げに徹する時は徹するべきだということか。

「襲ってきた暗殺ギルドはあれで一つのチームみたいね」

「メルも気づいていたんだ。暗殺ギルドの人間は他の人間とチームと組んだりしないからね。チームで襲われたのはあれが初めてだったけど」

 暗殺ギルドはほとんど一人での戦いを得意としているから。

 昨晩のやつらは異例と言える。だからこれ以上の追撃は恐らくないだろう。

 昨晩のは皆、同じ格好に同じ戦闘スタイルだった。

 同じ環境で訓練したのは間違いない。チーム戦を得意とするからこそ、尚更他の人間とは組めないはずだ。

 暗殺ギルドは各々の力量に絶対の自信を持つ者が組み込まれていると聞く。ギルドを組んでいるのも情報収集のためのみ。誰しも自分が最強だと思う者たちばかりだ。

 ベゼルはどうだろうか。ギルドの寄り合いに顔を出してるイメージは全然湧かない。

 ベゼルはあたし、シノ=カズヒ個人を狙っていた。

 昨晩の暗殺ギルドの連中もあたし個人を狙ってきたのか。

 反組織アンリミテッドのメルを狙っていたのか。

 聞きそびれちゃったけど、その辺りもハッキリさせておかないと面倒なことになりそうだ。

「そういえば。メルは反組織の人間だってことがインフィニットや暗殺ギルドに知られてるのかな?」

「うん。ウチの顔は知ってる人間は知ってると思うね。仲間のみんなは止めるけど、うちは前線に出て動いているからね」

 暗殺集団に狙われているとは思えないくらいサラリと言ってしまうメル。それだけ自分の力に自信があるのだろう。

「それって危険なことだよね?」

「どうしてね? 敵が向こうから出てきてくれて便利ね」

 なるほど。そういう考え方もあるのか……いやいや、やっぱり危険だよ。

 腕は立つとはいえこんな小さな子が一人で。

 ――っと、そういえば。メルはなんであの村に居たんだろう。それも一人で……。

「ねえ、メルはどうして一人でいたの? 反組織って少数精鋭なの?」

「シノちゃん。ひょっとしてアンリミテッドに入りたいね?」

 振り返ると嬉しそうにあたしの手をとるメル。あたしは興味があって聞いただけなんだけど……。

 メルは仲間を探しているのかもしれない。同じ志を持つ反組織の人間と成り得る人物を。

 確かにインフィニットのような巨大な組織を相手にするためには頭数は揃えないと厳しい。

 しかし、あたしはアンリミテッドには入れそうにないや。

 どうも組織という堅苦しい感じが肌に合いそうに無い。

「シノちゃんなら大歓迎ね!」

「ごめん。ちょっと聞いてみたかっただけなんだ」

 インフィニットの異能者狩りによって、あたしは両親を殺されてはいる。

 けれど、そういう戦争ごとを起こしたいとは思えないのだ。

 それにアンリミテッドのことをよく理解していないのもある。

 反組織が実権を握った時、世界や人々をどう導くのか。

 もしかしたらインフィニットと何ら変わらない可能性もある。メルには悪いけど……。

「それで、メルはどうしてあそこにいたの?」

「ダンベルギアの近くを通った時に火の手が上がっていたのね。仲間と行動していたけど、ウチが偵察を任されたね。ぞろぞろ固まっていたら偵察にならないからね」

「あっ。メルもダンベルギアにいたんだ?」

 ということはメルもあたしたちと同じくらいの時間にダンベルギアを出たことになるのかな?

 廃村に立ち寄ったことも偶然同じで……。

「ウチが到着した時には雨が降り出していたね。空は青空のままだったのに、ダンベルギア周辺にだけ恵みの雨で潤っていたね。そんなことができるのは異能者だけね」

 ここであたしの手を放すと、メルはじっとあたしの目を見た。

 どうやらバレているらしい。

 その雨はあたしが降らせたということを。

 そりゃあ目の前で刀から水を出したら当然か。

 メルは神妙な顔であたしを見つめていた。

「シノちゃん。……ダメね。砂漠はそんなこと求めていないね」

 砂漠の声を聞いたのだろうか。メルは悲しそうにあたしを見ていた。

 あたしはメルにとって、砂漠にとって、してはいけないことをしたみたいだ。

 話の流れから、それは水御華から水を出すという行為を指しているのだろうか。

「それって……貴重な水を無駄にしているから? たった一滴の水ですら人を狂わせてしまうから?」

 砂漠だけのこの世界にとって水はお金と同等の価値がある。

 過去に水御華を狙って襲われたこともあった。

 野盗などではなく、ただの村人があたしに牙を剥いた。

 そういう世界なんだ。

 しかしメルはあたしの言葉にふるふると首を振った。

「違うね。この世界に砂漠のアメフラシは必要ないね!」

 あたしの通り名『砂漠のアメフラシ』がメルの口から出た。

 ひょっとしたら、あたしを狙っているのはインフィニットだけではないのかもしれない。

 反組織アンリミテッドの目的もなんとなく見えてきた気がする。

「世界は終焉を迎えようとしているね。砂漠がそれを求めているのね。ウチは何度もその声を聞いたね!」

 メルの声が地下道に木霊する。

 その顔には焦りが色濃く見えていた。

「それがアンリミテッドの意志なの? 世界は終焉に向かっていると考えているの?」

「そうね。何者の支配も受けず、世界の終焉と共に人間はこの地より消えなければならないね!」

 人類を救済するという名目を掲げるインフィニット。

 アンリミテッドとはその正反対ということになる。

 そういう名目よりもインフィニットのやり方に異を唱えるための反組織だとは思うけど。

 メルはあたしが水御華を使って水を操っている光景をどんな風に見ていたんだろう。

 それでもメルは笑顔を向けてくれた。

 その裏にそんな想いがあるとは知らないで、あたしは……。

「シノちゃん。アンリミテッドに入るね! 組織が管理しているなら命を狙われることはないね!」

「うーん。でもねぇ……」

「それができないというなら……ウチがね!」

 メルの手が突如あたしの首に伸びる。

 絞めるというより掴むという感じか。呼吸を止めるよりも先に首の骨を折ると警告されているみたいだった。

 真剣なメルの目が薄暗い地下道の中でもはっきりと見えた。

 それは組織の人間としての顔。アンリミテッドのメルセレスとしてあたしの前にいるんだ。

「メル……ごめんね」

「シノちゃん! どうして……どうしてね!」

 それでも……あたしはあたし。あたしだからだ。

 アンリミテッドやメルの意志があたしと違っているというのなら。やはり相容れない。あたしは変わることはできない。

 世界が終焉に向かっているなんて、やっぱり思えないんだ。

 それは能天気でいつもテキトーなあたしの頭でも変わらないこと。

 世界やオアシス、人間やアルファルファたちは生きたいと思っているはず。あたしはそう信じたいんだ。

 そうでなきゃ、この世界はあまりにも悲しすぎるから。

「砂漠以外の声も、聞けたらよかったのに、ね」

「ウチは好きで砂漠の声を聞いているんじゃないね!」

 あたしの首を掴むメルの手に力がこもる。

「うっ。わ、かっ――て、る、よ……」

 それでも、あたしが顔を歪めると自然と手を緩めてくれた。

 こんなこと、メルにさせちゃダメなんだ。

 アンリミテッドの人間だとしても、メルはメルなんだから。

「あたしは、世界は生きたいと思ってるんだ。人も、動物も」

「でも砂漠は違うね!」

「うん、砂漠はそうじゃないかもしれないけれど。砂漠の意見が今は一番多いけど、生きることまで多数決で決めちゃダメだと思うんだ。力のある者の意見に従わせる。それってインフィニットと変わらないじゃない?」

「あ――」

「分からないよ。人間やアルファルファ。砂漠やオアシス。水に草木に空気。そのすべてがどう思ってるかなんて、あたしには分からない。……でも、あたしは生きたいって思ってるよ。殺された両親の分も生きていかなくっちゃ、てね」

 そう言って笑ってみせると、メルの手はあたしの首から離れた。

 真剣だったメルの目。それが不安や怯えのようなものに変わっていく。そこにいるのはアンリミテッドのメルセレスではなくなっていた。

 あたしの知る、メルそのものだ。

「メルは砂漠の声に怯えていたんだね」

 あたしの言葉にビクッと体を震わせるメル。やっぱりそうだったんだ。

 望んで異能者に生まれたわけでもないのに。

 砂漠の声を聞きたくて聞いているわけじゃないのに。

 砂漠はメルに言うのだろう『滅べ、人間よ滅べ』と……。

 今でこそメルは異能の力と上手く付き合えているけれど、幼かった頃はそんな力の制御もできなかったに違いない。

 呪いに近いその言葉を、メルはずっと聞き続けていたんだ。

 普通の人ならきっと耐えられなかっただろう。自ら命を絶ってもおかしくない。

 それに耐えられたのは、きっと周りにいい人たちがいっぱいいたからなんだと思う。

 だからメルはこんなにもいい子でいられるんだ。

「つらかったね」

「ううん。ウチにはじいちゃんやたくさんの仲間がいたね」

「うん。そうだね」

 メルにはたくさんの人が支えになってくれたのだろう。

 あたしの周りにはそんな人たちいなかったけど……今はイナさんやロメリアがいる。それが今のあたしの支えとなっている。

 だからメルの気持ちはよく分かるんだ。

「シノちゃん……」

 メルはあたしの胸に顔を押し当てると、あたしの服をキュッと掴んだ。

 その頭をあたしも抱き寄せた。

「じいちゃんが言っていたね。異能者はその力に心を奪われてしまうこともあるってね。自らを滅ぼすってね。ウチは絶対にそうならないって決めたね」

「うん。メルならきっと大丈夫だよ」

「シノちゃんもそうなって欲しくないね」

「大丈夫。あたしには水御華がついているんだから」

「…………」

 それにあたしの異能の力はただ水御華を使って水を操る程度のものだ。

 そんななんでもない力に心を奪われることはないはずだ。

 あたしはただ、水御華を信じて刀を振るうだけだ。

「あれ?」

 腰のバッグからルルがもぞもぞと動きだした。

 ルルだ。さっきまで大人しかったのに。

「ルゥ〜?」

 バッグを開けてルルを手のひらに乗せると、ルルは眠たそうに目をパチクリと瞬かせていた。

 アルファルファは他の動物と違って夜行性じゃない。人間と同じで日中に活動する。

 それでもルルはかなりのお寝坊さんだ。起きている時よりも寝ている時の方が多い。

 それに今はまだ早朝だからかなり眠たいはずだ。

「あ。昨日の砂竜ね」

「砂竜アルファルファの幼獣、ルルって言うんだよ」

 ルルはあたしの手のひらでコテンッと体を倒すと再び目を閉じた。完全に寝ぼけているのが分かる。

 あたしの手のひらがあったかいからだろうか。

 カワイイ顔で寝ちゃってまあ。コリコリしてやろうかな?

「アルファルファが人に懐いているの、初めて見たね」

「ルルは珍しいのかもね」

 アルファルファは人間を敵視しないけど、特別協力的というわけでもない。

 人間もアルファルファも、互いに干渉しないのが一番の生き方らしい。

「珍しいのはシノちゃんね。水を出して砂漠を驚かせたり、ウチが首を絞めても笑ってみせたり。それにこの子もこんなに心を開いているね」

 メルは慎重にルルの体に触れると優しく撫でた。

 それくらいじゃこの寝坊助は起きない。

「ここをコリコリすると喜ぶよ」

 あたしは眠っているルルの眉間をコリコリする。

 ルルは閉じたままのまぶたをピクピクさせ、喉を動かした。

「ここね?」

「うん。そこそこ」

 メルも同じくルルの眉間をコリコリ。

 ルルはそんなに気持ちがいいのかな。眠ったまま喉を鳴らして喜んでいる。

「本当に、不思議ね……」

「ルルが?」

「シノちゃんがね」

「あはは。あんまり褒められたことじゃないね」

「そんなことないね。ウチはそんなシノちゃんが好きね。だからどの組織に狙われたりして欲しくないね」

「心配してくれてありがとう。でもねメル。砂漠のアメフラシはただの人間だよ。一人じゃなんにもできない。ただの人間なんだよ……」

 水を操ることができても、町や村に雨を降らすことができても、それはほんの一時のことでしかない。

 この砂漠の世界で、本当の救いになんてなれないんだ。

 あたしは何度も目の前で救えなかった命を見てきた。

 だからかな。雨を降らしたいと思ってしまうんだ。

 少しでもこの世界に潤いが欲しいと思ってしまうから……。

 それは全部自分のための行為でしかないのかもしれない。

 ……そう。砂漠のアメフラシはそんな人間だ。

 他のみんなと変わらないちっぽけな生き物なんだ。

「砂漠のアメフラシは、ただの人間……ね?」

 メルはじっと何かを考え始めた。

 あたしに視線を移すものの、目が合えばまた視線を外して考え込んでしまう。

 考えているのかなぁ。あたしをどうするか、どうもしないのかを。

 しかし、結局メルは答えを出さなかった。

「シノちゃん。先を急ぐね」

「うん。そうしようか」

 再び地下道を歩き出すあたしたち。

 培ってきた考えはそう簡単に変えられるもんじゃない。

 だからあたしもメルの組織に入ることを拒んだんだ。

 どうすることがあたしにとっていいことなのか。今は分からないけど、今はこれでいいんだと思う。

 イナさんだったら……きっとそうするはず。信じる理由はそれだけで充分だ。

 

 地下道を進み続けると程なく出口に出た。

 巨大なサボテンの密集地帯。

 その中心にこの地下道への入り口が隠されていたようだ。

 これは誰も気が付かないだろうと思ってしまうほどだ。

 外に出ると少し離れたところにオアシスと、それに群がるようにテントが張られているのが見える。

 イナさんを追っていた暗殺ギルドのやつらがどこかに倒れていると思っていたけど、どこにも見当たらなかった。

 イナさんのことだから地下道を出たらすぐに戦闘に入ったと思うんだけど……。

 ここにはイナさんの姿もロメリアの姿もない。

 とりあえず、あのテントの集落へ行くべきかな?

「大変ね……」

「メル?」

「地下道はここに通じていた……暗殺ギルドは、インフィニットは、アンリミテッドの居場所を突き止めていたのね!」

「ここがアンリミテッドの拠点だったの?!」

「あっ!」

 いきなり走り出すメル。あたしもその後を追った。

 メルが見つけたのは砂漠に付いた足あと。

 一人や二人の足あとなんて砂と風で簡単に消されてしまうものだけど、これはそれ以上の規模。何十人という人間が歩いた跡だ。

 その痕跡はオアシスから伸びて西の方角へ続いていた。

「そん、な……」

 がくりとその場に座り込むメル。

 何のことか分からないあたしは、その横にしゃがんでメルの顔を覗いた。

「メル? 何があったの?」

「この方角には……ね。インフィニットの西の城砦、ウエストサンド宮殿があるね」

 インフィニットは東西南北、そして中央にその拠点を置いている。その権力を余すことなく広げるためだ。

 その中でも西のウエストサンド宮殿は中央に並ぶほど多くの兵を持っていると聞いたことがある。

 改めてアンリミテッドの集落を見ると、たくさんのテントは普通に並んでいた。

 壊されたり焼かれた跡がないところを見ると、インフィニットに襲われたわけではなさそうだ。

 つまりこの足あとはインフィニット側のものではなく、メルの言うようにアンリミテッドの大群がインフィニットに向かって進軍したものなんだとわかる。

 メルはそのことに落胆しているのだろう。

 またインフィニットと反組織の戦争が始まるのだろうか。

「おかしいと思ったね。ウチ一人でダンベルギアの様子を見に行けなんて……。ここに戻ったらインフィニットと戦争すること、みんな知っていたね」

 メルは置いてきぼりをくらったんだ。まだ若いし、アンリミテッドを束ねる長の孫でもあるからか。

 あの集落の規模からアンリミテッドの人数はおよそ五百人ほどだろう。そのうち戦える者となるとまた限られてくるはず。その人数でウエストサンド宮殿を落とせるとはとても思えない。

 強力な異能者がたくさんいる……なんて都合のいいことがあればまた話は変わってくるんだろうけど。

「シノちゃん!」

 メルはあたしの手を掴むとアンリミテッドの集落へ駆け出した。あたしも釣られて駆け出してしまう。

「どうしたのさ。メル?」

「確認することがあるね! シノちゃんにも来てもらうね!」

「うん。わかった」

 アンリミテッドの人間に、あたしが砂漠のアメフラシだと知れても殺されることはないだろう。

 イナさんやロメリアのことも気になるし……何よりもメルだ。

 メルは走りながら泣いていた。

 その涙の雫があたしの方へ飛んでくる。

 掛ける言葉は見つからないけど、放ってはおけない。

 メルと繋いだ手をぎゅっと握り、あたしも走り続けた。

「ん? あれは……?」

 ザクザク砂漠を蹴る音に集落の人たちが集り始めた。

 そのほとんどが老人や女の人。その手には武器や鈍器が握られている。残された人たちもピリピリしているんだ。

 そんな中、メルの存在に気づいた人もいた。

「メルお嬢だ! お嬢が帰ってきたぞ!」

「メルちゃんと、……誰ぞね?」

「お嬢だ! とにかくみんな今だ!」

 集落の人たちはメルを快く迎えるかと思いきや、まったく別の行動に出ていた。

 手にした武器も捨てず、体を強張らせてこちらを迎え撃とうとでもしているかのようだった。

「もしかして操られてる?!」

 構わず走り続けるメルとそれに付いていくあたし。

 すると、集落の手前で集落の人たちは一斉に縄のようなものを引っ張り出した。

 その縄は砂漠の中を通って、あたしたちの足元まで繋がっていた。

「掛らないね!」

 慣れたように飛び上がるメル。

 ……が、あたしはこんなものに慣れているはずがない。

「シノちゃん!」

「いやいや。無理だってば!」

 飛び上がるメルと置いていかれるあたし。

 手を繋いでいる以上、メルも逃げることはできない。

 足元から地面が崩れる。

 あたしとメルはそのまま落とし穴の中へ落ちていった。

 今日はやたら落ちる日だ。

『せーのっ! せっ!』

 更に落とし穴の上から網をかぶせられるあたしとメル。

 メルはこの人たちに何をしたんだろうか。

「やったぞ! メルお嬢を捕獲したぞ!」

 うおー! と喜びの声をあげながらわらわらと穴に群がる集落の人たち。

 これがアンリミテッドのやり方なんだろうか。

 いったいメルはどういう風に育てられたんだろう。

「シノちゃんのせいね」

 ぶすーと頬を膨らませるメル。

 そんなの分かるわけないよぉ〜。

 観念して上を見上げると、誰かがこちらを覗き込んでいた。

「ホッホォウ。まだまだネ、メル」

「じーちゃん!」

 白い髪と髭でいっぱいなおじいさんが愉快そうにこちらを見下ろしていた。

 あれがメルのおじいさん。アンリミテッドの長なのだろうか。

 反組織の長にしてはかなり小柄な体つきだ。

 おじいさんの視線がメルからあたしに移される。

 その柔らかな笑顔はやはりメルのおじいさんだと分かる。

「あんたがシノ=カズヒだネ?」

「あっ。はい!」

 思わず返事をしちゃったけど……あたし、まだ名乗ってないよね? メルもシノちゃんとしか言ってなかったし。

 おじいさんは顎に手を当ててあたしをジロジロ眺めた後、深いため息を吐いた。

「ハァ〜ムゥ〜。幻滅ネ。もっとセクシィダイナマイツボディを期待していたわしの夢を返せネ」

「うわぁ! ほっとけぇ〜!」

 何で初対面でそんなこと言われなきゃならないのさ?!

 見ず知らずのおじいさんにそんなことで幻滅される云われは無いよ!!

 別に気にしちゃいないけどさぁ。……うん。

「じーちゃーん! シノちゃんをいじめないでよね!」

「すまないネ。冗談だネ。充分べっぴんさんだネ!」

 ガックリするあたしに慌てて言い繕うおじいさん。

 そういう所は憎めないけどさぁ……。

「べっぴんさん過ぎてスタイルも期待しただけだネ」

 ムカムカッ!

 前言撤回。まったくフォローになってないじゃないか!

「じーちゃんは女の子が大好きなのね」

「メル……。言わなくても分かるから……」

 こんなおじいさんに育てられたのにメルがこんないい子でホントに良かったと思ってしまった。

 それにしてもあたしたち、いつまでこの落とし穴にいなきゃならないんだろう。

「先にやって来たイナ殿がそれはそれは美人でスタイルも良かったからネ。あんたのことを期待しても仕方ないネ」

「変な期待しないでよ。――って、やっぱりイナさんはここに来たんだ?!」

 まさかイナさんの名前が出てくるとは思わなかった。

 やっぱりここであたしを待っていてくれたんだ。

「イナさんはどこに? 今どうしているの?」

「イナ殿は大きな剣と捕縛した暗殺ギルドの男を二人も引きずってやってきたネ。ロメリアも一緒だネ」

「ロメリアも! よかったぁ〜」

「あの娘はすごいネ。何がすごいって、ここに来てから五回も名乗りをあげたネ。五回もネ。イナ=シルバチオ=ボルダーンと大きな声でネ。もう耳にタコだネ」

 さすがはイナさん。ところ構わず名乗っているんだ。相変わらずだなぁ。

 おかげでイナさん以外の何者でもないと確信できてしまう。

「その腕前も目を見張るものがあるネ。暗殺ギルドを倒したことだけじゃないネ。わしが触ろうとするとあのバカでかい剣がいつも飛んでくるネ。結局触れなかったネ……」

「じーちゃんが触れないなんてすごいね!」

「あのぅ、盛り上がっているところ悪いんだけど。そういう話は後にしてもらえないかなぁ……」

 あのイナさんならおじいさんの痴漢になんか合わないと思えるけど、それより今はどうしているかの方が気にかかる。

「そうネ。積もる話は後ネ。ロメリアもいるからわしの部屋に来るといいネ」

「ロメリアもいるんだ。よかったぁ」

 あたしとメルは落とし穴から引き上げられると、四人がかりで両腕を捕まえられた。

「え? ちょっと?!」

「……ちっともよくないね……」

 両手を後ろで縛られ、首に縄も掛けられてしまった。

 メルも同様だ。

「仕方ないね。捕まったのが悪いね」

 メルはがっくりとうな垂れて歩き出した。

 これはメルにとって日常的なことなんだろうか?

「これじゃあ罪人だよ」

 あたしの言葉にメルのおじいさんは満面の笑みを浮かべた。

「そうネ。砂漠のアメフラシは砂漠にとって罪人に等しいネ」

「あ……」

 砂漠のアメフラシという通り名まで知られていたか。

 アンリミテッドは砂漠のアメフラシを敵視しているから、もはや言い逃れはできない。

 このおじいさんはきっと異能者だろう。

 何らかの能力を使ってあたしの正体を暴いたんだ。

 これはイナさんやロメリアの心配ばかりしていられなくなってきたぞ。

 あたしの命すらも危ういじゃないか!

 

 集落の中央には一際大きなテントが張られていた。

 その周りには武器や防具が並べられていて、他にもたくさんの武器が立て掛けられていたであろう痕跡が残されている。

 多くのアンリミテッドの戦士がここにあった武器を手にしてウエストサンドへ向かったんだと分かる。

 そのことからも、ここがアンリミテッドの本拠地なのだと確信できる。

 その広いテントの中に連れてこられると、中にいた大勢の人たちは席を外し、おじいさんと三人だけにされてしまった。

 そこにロメリアの姿は無い。

 これから何が起こるんだろう。まさか殺されたりはしないと思うけど……。

 おじいさんはどっかりとイスに座ると、白髭だらけの顎を両手に乗せて両肘を両膝につけた。

 さっきとは打って変わって真剣な眼差しであたしを見つめる。

「シノ=カズヒ。砂漠のアメフラシ。水を操る異能者。砂竜アルファルファの幼獣ルルを従え旅をしている……」

「ルルは従えてるんじゃないよ」

「ふむ。お友達というところかネ。成り行きでネ」

 今度はルルのことまで。

 このおじいさんはあたしの心を見透かしているのだろうか。

 でも、今のあたしはルルのことは考えていなかった。

 異能の力を持つというのなら、このおじいさんは何をしているのだろう?

 目に見えるような力じゃないから尚更わからない。

 異能者は当たり前のようにその力を使っているから、他人から見れば不思議なものなんだ。

「わしはメルセレスのじーちゃんのデイムレラグ=シュトラーセという者だネ。メルから聞いているネ?」

「アンリミテッドの長をしているってことは知ってるよ」

「ホォッホォウ。それはハズレだネ」

 おじいさんの言葉にどういうことかとメルを見ると、メルは目を見開いて驚愕しているようだった。

「まさか……とーちゃんが長になったね?! じーちゃんは生きてるうちは長をやるって言っていたね! 今はまだ戦う時じゃないって、言っていたね!」

 アンリミテッドの長はメルのおとうさんになったのか。

 こういうことは血族が引き継ぐものなんだろうか。

 インフィニットの権力者がそうであるように……。

「お前は気が早いネ。わしはお前の父、カルールにアンリミテッドの長を託した覚えはないネ」

「いったいどういうことね?」

「カルールは何かきっかけが欲しかったようネ。なんでもいいから今すぐにでもインフィニットへ攻め入りたいと思っていたネ。それはずっと前からわしも感じていた……そこへイナ殿がやってきたネ」

「まさかイナさんがこの戦争を?!」

 あたしの言葉におじいさんは首を振った。

 ああ、良かった。いくら相手がインフィニットだからって、イナさんが自ら戦争を率先することはないはずだ。

 絶対しないって言い切れないから不安でもあるけど……もし行動を起こすとしたら必ず一人で行うはず。

 その正義の前に、イナさんはまっすぐだから。そうと決めたら何をするかあたしにも分からない。

 でもイナさんがしようとしていることは正しい。それはいつも感じていることだし、あたしも信じられることだ。

「どういうことね? その人と、どう関係しているのね?」

「ふむ。カルールはイナ殿が暗殺ギルドの者と戦うところを見たんだろうネ。『イナ殿はアンリミテッドに勝利をもたらしてくれる救世主だ!』などと仲間を煽り立てたネ。インフィニットへの敵対心、それがこんなに大きく広まっていたとはわしも思わなかったネ。その言葉に一人、また一人と立ち上がったネ」

 イナさんは見た目の美しさもあり、その剣技を持って舞うかの如く戦う姿にも華がある。

 味方につけばどれだけ心強いか。それはあたしが一番よく分かっている。

「でも、じーちゃんと同じ気持ちの人もいたね。まだ戦う時ではないと、次に負けたらそれですべてが終わると分かっていたはずね!」

「無駄ネ。およそ半分の人間がカルールに賛同したネ。戦力の半分で戦えば敗北は必至ネ。だから残りの者も手を貸すしかなくなるネ。アンリミテッドが立ち上がれば近隣の反組織も同じ理由で立ち上がるネ。アンリミテッドの敗北はそのままインフィニットによる人類の征服を意味しているからネ」

 既に解体させられたと言われていた反組織アンリミテッドの影響力がこんなに強いとは思わなかった。

 この人たちがいなかったら、今頃はもっとインフィニットが力を付けて異能者たちを追い詰めていったかもしれない。

 戦争に敗れても尚、戦い続けてきたアンリミテッドの人たち。

 そんな人たちだからこそ、イナさんも手を貸そうと思ったに違いない。

「イナさんは一緒にウエストサンドへ向かったんですね?」

「そうネ。囚われている異能者が大勢いると知って『見過ごすわけにはいかぬ!』と言っていたネ。その言葉は力強過ぎたネ」

 そっか…自由を奪われた人たちの解放。イナさんはそのために剣を振るうことを選んだんだ。

 やっぱりイナさんだなと思ってしまう。その姿に胸を打たれたアンリミテッドの戦士もきっといるに違いない。

 結果的にイナさんの発言も戦争の引き金になってしまった。

 けれど、アンリミテッドにとってイナさんの参加は値千金。これ以上の戦力はないとあたしは考えている。

 それでも、イナさんを加えたところであのインフィニットの拠点の一つを落とすことは難しいだろう。

 また多くの血が流れようとしているんだ。この世界は。

 争い、奪い続けるだけの世界。これじゃあメルの言ったように人間は滅ぶべきだって考えちゃうよ。

 そんなことないって、あたしは信じたいのに……。

「イナ殿から伝言があるネ」

「えっ。イナさんから?」

「そうネ。『先に行っている』だそうネ」

 先に行っているといことは後から来いということか。

 あたしが後を追うと確信しているからか。

 それともアンリミテッドに手を貸してインフィニットと戦えと言っているのだろうか。

 インフィニットの独裁を止めるにはアンリミテッドのような反組織は必要だ。

 たくさんの異能者が囚われているのならそれを助けてあげたい。それがロメリアの目を治すきっかけにも繋がるはずだから。

 それでもあたしはアンリミテッドと共に行動することを迷うだろう。

 いつもそうだ。あたしは迷ってばかりだから。

 それもイナさんが先に行くことで迷いがなくなる。

 だから『先に行っている』と言葉を残したのかもしれない。

 考え過ぎだろうか――いや、あの人のことだ。きっとそうに違いない。

 イナさんはこうやって何気なくあたしの進むべき道を示してくれるんだ。多少強引なところもあるけどね。

 だったら……行くしかない!

「シノちゃん?」

 不安げな面持ちであたしを見るメル。

 やはりメルはまだこの戦争を反対しているのだろう。だけど、もはやこの戦争を止める術はない。

「あたしは行くよ。先で待ってる人がいるからね」

「シノちゃんまで……」

「メルの気持ちも分かるけど。動き出してしまったのならもう後戻りはできないよ。戦う時は今なんだ」

「戦う、時ね……」

 メルはまだ迷っているようだった。

 この戦いはもう止められない。

 認めたくないという気持ちがあるんだろう。

 メルの気持ちも分かるけど、こうなってはやはり後戻りはできない。

「……今、戦えるとも限らないネ」

「えっ?」

 おじいさんは即座にあたしに詰め寄るとその手刀をあたしの喉元へ向けた。

 それは一瞬の出来事。

 自然過ぎる予備動作に、あたしは一切の警戒ができなかった。

 未だ縛られて動けない今、成す術がない。

「熱っ!」

 触れられていないはずの喉に熱を感じた。

「じーちゃん! やめるね!」

「砂漠のアメフラシは砂漠にとって害悪ネ。それだけじゃないネ。水を操る異能者が、インフィニットの手に渡ることがあればそれこそ一大事ネ。それがなぜ分からないネ」

「でも、シノちゃんは……」

 あたしは緊張感というものが欠けていた。

 ここはアンリミテッドの本拠地。目の前にいるのはその長だった人なんだ。

 縛られてはどうすることもできない。あたしの命はこの人が握っているんだ。

「アンリミテッドを束ねていた者として、このまま行かせる事はできないネ。このまま喉を切り裂いてやっても――――」

 

「シノお姉ちゃーん!」

 

 緊迫した状況の中、テントに入ってきたのはロメリアだった。

「ぬあ〜? どうしてロメリアがここにいるネ?」

 ここにあたしがいると声で分かったのか。

 ロメリアは駆け寄るとおじいさんを押し退けてあたしに飛びついてきた。

「ロメリア!」

「良かったぁ〜。やっぱりシノお姉ちゃんだぁ」

 この子はこんな状況だっていうのに。どうしてこんなに安らぎを与えてくれるのだろう。

 ここにロメリアが入ってきたことで殺伐とした空気が一気に引いていくのが分かる。

 ロメリアが無事だと分かり、あたしも安心してしまった。

「いいところだったのにネ」

 おじいさんもやれやれと元の場所に座ると、また頬杖をついていた。

 戦意を削がれ、やる気のない顔であたしたちを見ていた。

「シノお姉ちゃん。イナお姉ちゃんが行っちゃったよ?」

「うん。話は聞いてるよ。あたしも行かなくちゃならないんだ」

「そうなんだ。でも二人なら大丈夫だもんね!」

 ロメリアは本当にそう思っているのだろう。その裏表のない笑顔がその証だ。

 二人なら大丈夫、か。確かにイナさんといると心強い。二人というよりイナさんだからという方が正確かもしれない。

 あたしの戦力なんてイナさんに比べたらたかが知れているんだから。

「アンリミテッドの長として行かせるわけにはいかないネ」

 おじいさんは本当にそう思っているのだろうか。

 かなり気の抜けた顔でそう言った。

「だったらウチがシノちゃんを連れて行くね」

 メルはふるふると体を揺さぶり、体に縛られた縄をあっさり解いてしまった。

「やれやれネ。メル。あやつらが何のためにお前を置いて出発したか分からないネ」

「反対なら腕ずくで止めたらいいね。ウチよりじーちゃんの方が強いね」

「ホォッホウ。言いおるネ」

 メルはおじいさんを警戒しながらあたしの縄も解いてくれた。

 まだあたしのやり方に疑問を持ちながらも、あたしのことを考えてくれているんだ。

 そこからメルからの信頼が感じられる。それが嬉しい。

「ありがとう、メル」

「いいね。一人でも多いほうがいいからね」

 メルはそう言うとおじいさんの方を見た。メルの思惑とは裏腹に、おじいさんは終始何もしてこなかった。

 メルの言うことが本当なら、おじいさんはあたしたちを止めることができたはず。それなのにそうしなかったのだ。

 おじいさんがどう考えているかは分からないけど、メルを信じていることだけはよく分かる。

 もしかしたら、止める気なんて最初から無かったのかもしれない。

「シノちゃん。行くね」

「うん。ロメリアはここで待っててね?」

「ルルは〜?」

 ロメリアに言われて思い出した。

 バッグの中を開けるとルルが勢いよく飛び出してきた。

「ルルルルルゥー!」

 あたしの肩に飛び乗るとくるりと反転。

 そして当然のようにロメリアの肩に乗った。

「ルルもロメリアと待ってるって」

「ルーッ!」

「わぁい。ルルと待ってるー!」

「ルゥ〜」

 ルルはロメリアの頭の上に乗るとあたしの方を見て一鳴きする。

 ロメリアを連れて行くわけにはいかないけど、一人で置いていくのもちょっと不安だった。

 ルルはそんなあたしの気持ちに応えてくれたのかもしれない。

「ありがとう、ルル」

「ルルルゥ〜」

「いってらっしゃい。お姉ちゃんたち」

 軽く手を挙げてここを後にしようとするあたしとメル。

 それを阻んだのはおじいさんだった。

「待つネ。命を懸けることになるネ。分かっているのネ?」

 メルは振り返ると真剣な眼でおじいさんの方を見た。

「もちろんね。これまでもそうしてきたね。それはこれからもきっと変わらないね」

「ふっ。頑固な所はお前の母親にそっくりネ」

 おじいさんはメルのところへ歩みだすと懐から何かを取り出し、メルに差し出した。

 民芸品だろうか。丸い形をしたその中心には紋章のようなものが象っている。

「アンリミテッドをまとめられなかったわしはもう長である資格はないネ。次の長としてメルセレス=シュトラーセ、お前を長に任命するネ」

「ウチが? どうしてウチなのね?」

「お前の父、カルールを長にしてはこの戦争のすべてを肯定することになるネ。勝ちを信じて盲進してはおるが、他の者から見たら負け戦ネ。それは死んでも守りたいものがあるという証に見えるかもしれないが……、わしはそんなものは愚かだと思っているネ」

「争いの世界を終わらせたいと願う者が、争いを生み出してはいけないね。それに死んだら守りたい者も守れない。じーちゃんがよく言っていたことね」

 争い、奪い合う世界。アンリミテッドもそんな世界を変えたかったんだ。

 人類の終焉を迎えることのみあたしの考えと反しているけど。ものの考え方はインフィニットよりもしっかりしているみたい。

 滅ぶ時は滅ぶものだとするならば、異能者というだけで命を奪うインフィニットに比べたらアンリミテッドのほうがよっぽど人々を救済している。

「六代目アンリミテッドの長が任命するネ。メルセレス=シュトラーセ。七代目アンリミテッドの長として、組織を導いていくネ。砂漠の神と共に……」

 メルはおじいさんの手を取ると、その手をおじいさんの方へグッと押し込んだ。

「わかったね。ウチはアンリミテッドの長になるね。でも、それは戻ってきたらの話ね。今のウチは砂漠の戦士メルセレスだからね」

「よかろう。見事生きて帰り、アンリミテッドの長になるがいいネ。砂漠の加護があらんことを……」

「うんっ! 行ってくるね!」

 メルは力強く頷くと無邪気に笑った。

 やっぱり血の繋がった家族だと感じさせられる。

 信頼しあっているその様は、微笑ましくもあり羨ましくもある。

「行こう。シノちゃん。インフィニットを倒すために!」

「それとイナさんたちに加勢するために。囚われの異能者たちを助けるために。ロメリアとルルはここで帰りを待っててね」

「うん。いってらっしゃい。おねえちゃんたち」

「ルルッ!」

 ロメリアの頭を撫でて、ルルにはウィンクを送った。

 とりあえず、こっちの心配はしなくてもよさそうだ。メルのおじいさんもいることだし。

「よし、行こう!」

「急ぐね。今ならまだ間に合うかもしれないね!」

 そう言ってテントから飛び出すメル。

 あたしもその後を追って駆け出す。

「メル! 本当に間に合うの?!」

「間に合わなければ意味がないね!」

「それはそうだけど……」

 大群を連れて移動する以上、足並みを揃えて移動しなくちゃ意味がない。追いかけるあたしたちより進行速度は遅いはず。

 けど、昨晩のうちに準備を整えて進行したとしたら何時間も先を歩いていることになる。

 その時間差をあたしたちの足でどれだけ埋められるか分からないぞ。

「シノちゃん。こっちね!」

「ほいさっ」

 メルの後を追ってテントの間を駆け抜ける。

「こっちね!」

「はいはいっと!」

 テントの密集地帯をずんずん進んでいくメル。

 そこは人が通るための空間じゃない。テントを固定する紐だらけの所を無理やり通っているに過ぎない。

「シノちゃん遅いね!」

「ご、ごめっ! ちょっと待って!」

 振り返ってあたしを呼ぶメル。

 やはりメルの足の速さはとんでもないや。

 なんとかメルの所まで来ると、そこはこの集落の裏手側だった。

 メルの横に並んだところで大きな鳴き声が耳に響く。

 

「キュルルルルッ!」

 

「うわっ! びっくりした!!」

 目の前には竜が数十頭も紐に繋がれてウロウロしていた。

 アンリミテッドが飼っているのだろうか?

 メルがそのうちの一頭に飛び乗った。

「シノちゃんもラムダムヴァに乗るね!」

 脚竜(きゃくりゅう)ラムダムヴァ。全長2メートルほどの人を乗せて走る竜だ。

 強靭で頑丈なごつごつした足が特徴で、名前のわりに温厚な性格をしているらしい。

 二本の足で走るその姿は、ドラゴンというより鳥に近いかもしれない。

「これは……お高いものだね」

「なんのことね?」

 以前、このラムダムヴァを行商の商人がとんでもない値段で売っているのは見たことがある。

 それは一頭で小さな家が買えるくらいだった気がする。

「シノちゃんも乗るね!」

「う、う〜ん……」

 メルは隣のラムダムヴァに乗るように促がすが、竜に乗るという経験があたしには無い。噛み付かれないか不安にもなる。

「の、乗り物酔いしないかなぁなんて……」

「いいから乗るね!」

 メルがラムダムヴァの毛を引っ張ると、ラムダムヴァはその長い尻尾をあたしの体に巻きつけた。

「ひぇえ〜! こ、怖い!」

「怖くないね!」

 ラムダムヴァは尻尾だけであたしを持ち上げると隣のラムダムヴァの背中にあたしを乗せた。

「よ、よろしく」

 恐る恐るその首を撫でると、ラムダムヴァは喉を鳴らして応えてくれた。よく人に慣れているみたいだ。

「よし。出発ね!」

「キュルルッ!」

 走り出すメルのラムダムヴァ。

 それに付いて行くあたしのラムダムヴァ。

 いきなり加速するラムダムヴァにあたしはぎゅっと手綱を掴んだ。

 速い速い。風を切って走るラムダムヴァの上は爽快だった。

 あんなに苦労して歩いていた砂漠が嘘のように駆け抜けている。

 目指すはインフィニットの城砦。西のウエストサンド宮殿。

 これからこの世界にとって、大きな戦いが始まろうとしているんだ。

 負けることは許されない。負ければアンリミテッドは滅び、たくさんの異能者が命を落とし、インフィニットはこの世界を我が物にしてしまうだろう。

 そんなこと、絶対にさせるもんか!

 気持ちを新たに、あたしはメルと共に一路西へ駆け抜けた。

 

 

 

 

 

EP1‐2 砂漠の聴取者-Listener-・完

 

 


 

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